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2008年11月 4日 (火)

東京裁判は裁判にあらず メタル・ジャスティス/メタリカ

Photo 東京裁判は裁判にあらず。田母神航空幕僚長を更迭してもこの真実は変えられない。「東京裁判」は敗戦国だけを「事後法」で当時は犯罪とされていなかったことをさかのぼって裁き、その一方で戦勝国については明白に国際法に違反した戦争犯罪もすべて不問にしたリンチの性格しかもたないデタラメの茶番劇である。「事後法の適用禁止」と「法の平等適用」は法治社会の鉄則でありこれを破っている「東京裁判」は根本的に裁判ではない。裁判長と判事はすべて戦勝国の人間で構成され、東京裁判中もイギリス、フランス、オランダはアジア「再侵略」を開始している。国際法の専門家で毅然と政治を拝して法の真実のみを追究したのは、ただ一人、「全員無罪」の判決文を書いたパール判事だけである。東京裁判の間、一人ホテルにこもり、一切の娯楽も求めず法の真理を追究したパール判事。日本無罪論を主張しているパールの判決書は東京裁判でも朗読されず、GHQ占領下の日本では一切公表を禁じられた。パール判決書は日本の戦争を正当化しないものなのか?日本は無罪ではないのか?パール氏が判決書に込めた真意は?パール氏の真意は4年後パール氏自身の言葉で語られる。

パール氏は東京裁判の4年後再び来日、広島で原爆慰霊碑に献花した。碑文の意味を通訳に聞くと表情が厳しくなった。

安らかに眠って下さい 過ちはくりかえしませぬから

「この過ちはくりかえしませぬという過ちは誰の行為を指しているのか。もちろん日本人が日本人に誤っていることは明らかだ。それがどんな過ちなのか。私は疑う。ここに祀ってあるのは原爆者の霊であり、その原爆を落とした者は日本人でないことは明瞭である。落とした者が責任の所在を明らかにして「二度と再びこの過ちは犯さぬ」というなら肯ける。この過ちがもし太平洋戦争を意味しているというなら、これもまた日本の責任ではない。その戦争の種は西欧諸国が東洋侵略のためまいたものであることも明瞭だ。さらにアメリカはABCD包囲網をつくり、日本を経済的に封鎖し石油禁輸まで行って挑発した上、ハルノートを突きつけてきた。アメリカこそ開戦の責任者である。東京裁判で何もかも悪かったとする戦時宣伝のデマゴーグがこれほどまでに日本人の魂を奪ってしまったとは思わなかった。東京裁判の影響は原子爆弾の影響よりも甚大だ。」

パール氏はその翌日、講演で語気を強めて言った

「私は1928年から1945年までの18年間の歴史を2年8ヶ月かかって調べた。各方面の貴重な資料を集めて研究した。この中にはおそらく日本人の知らなかった問題もある。それを私は判決文の中に綴った。この私の歴史を読めば欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であることがわかるはずだ。しかるに日本の多くの知識人はほとんどそれを読んでいない。そして自分らの子弟に<日本は国際犯罪を犯したのだ><日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ>と教えている。満州事変から大東亜戦争勃発にいたる真実の歴史をどうか私の判決文を通じて充分研究していただきたい。日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って卑屈・退廃に流されてゆくのを私は見過ごして平然たるわけにはゆかない。かれらの戦時宣伝の欺瞞を払拭せよ。誤られた歴史は書き換えられねばならない。」

太平洋戦争は日本の責任ではない。あの判決文さえ読めば欧米こそ侵略者だということがわかるはずだ。東京裁判は「戦時宣伝のデマゴーグ」

今回の田母神航空幕僚長の論文と共通点も多い。

パール判決書の結語

時が熱狂と 偏見をやわらげた暁には、また理性が、虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には、そのときこそ、正義の女神はその天秤を平衡に保ちながら過去の賞罰の多くにその所を変えることを要求するであろう。

1951年5月3日アメリカに帰国したマッカーサーは上院の軍事外交合同

委員会という公式の場で「日本が戦争に入ったのは主として自衛の目的の

ため余儀なくされた」と証言した。「東京裁判条例」を作った連合国最

司令官が後に意見を変え東條英機と同じ見解を示しているのである。

東京裁判は裁判にあらずという常識を認識しなければ

メタリカの「メタル・ジャスティス」のジャケットのように正義の女神の天秤が

平衡に保たれることはない。田母神航空幕僚長を更迭しても真実は変えら

れない。

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